御朱印帳をいただくということは

<授けること、授かること>
 
 私は当初、御朱印なんて絶対集めないと意固地になってました。スタンプラリー感覚になるのが嫌で、私はそんなつもりで神社に行ってるわけではないと強く思っていたからです。
(ある神社の参拝をきっかけに、いただこうと決心したのですが、その時の話はまた後ほどにでも。)

 私は「神様とのご縁をいただく」ということと、そして「いつ行ったのかの記録」の2つの側面から御朱印をいただいているつもりです。そして、行きたいと思うから神社に行ってます。同じ神社に何度も行くこともありますね。

 私は、スタンプラリー感覚の方も、
神様とのご縁に感謝しながら参拝する、神社が好き等、神社や神様に対して前向きな気持ちがある方が大半なのかなあと思います。
なら、それはそれでいいのでは!?
と思ってしまいます。

ある神社の宮司さんは、御朱印についてこうおっしゃっていました。
御朱印ブームになり、御朱印をいただく側の心構えについて問題になることも多いですね。ただ、問題はそれだけでしょうか。提供させていただく側の心構えはどうでしょうか。単純作業となり、神様と参拝する人の縁を繋ぐ役目があることを忘れてしまってはいないでしょうか」※細かい表現を覚えていないので間違った表現があれば申し訳ありません。
 神社にもいろいろあります。そんな横柄な態度なの?とびっくりするところもあります。
 もちろん、真剣な気持ちで書いてくださるところもあります。


 神社もいろいろ、受け取る人もいろいろです。